翻訳者のボキャブラリーと訳語の選り好み

フリーランスで通訳や翻訳を請け負っていると、情勢や事件事故、企業や組織の新サービス&商品などその時々の「旬のテーマ」に関連したお仕事をいただくことが多いです。故に、翻訳案件の場合は、同時期に複数のクライアント様から同じテーマに関したお仕事をいただくことがあります。さらに、テーマだけでなく情報ソースまでもが同じということもあります。


先日も複数のクライアント様から数週間違いで同じ情報ソース(PR)を基にした翻訳をご依頼いただきました。2つの案件はそれぞれ多くの方のお目に触れるものでしたので、丸っきり同じ訳では転用になり良くありません。先のクライアント様にはすでに納品済みでしたので、後のクライアント様へ納品する訳原稿は、いつもの自分の思考にひねりを加える必要がありました。


例えば、私がA社とB社から同じ公文書の翻訳をお受けした場合。定型文に言葉を当てはめるような公文書は、A社とB社に納品する訳文は同じになります。仮にこの公文書をXさんまたはYさんが翻訳しても訳文に差異はほとんど生じないでしょう。


一方で、案内やPR、筆者の感情が込められた情緒的な文章の場合は、クライアント様の用途(媒体)に応じて敬体(~ですます調)、常体(~である調)を使い分けたり、使う訳語やフレーズに違いをつけたりして意訳することがあります。そのため翻訳者によって訳の仕上がりも違ってきます。


元原稿に感動や感激を意味する「xúc động」という単語が多用されていたとします。そこで、対訳に「感動」を繰り返し使っても単調な文章になってしまいますので、「感激・感無量・感銘・感服…」などを使い分けます。または似たような日本語の意味でも「たゆまない努力」と「ストイックな」、「~を彷彿させる」と「~を思い起こさせる」など…この媒体なら漢字よりカタカナがしっくりくる、柔らめの言い回しが合うなど…を考えて訳語を選びます。


そのなかで、自分自身の言葉選びの好みや使いがちな言い回しなどの傾向に気付きます。そこで、何かほかの言い方はないかと調べると、「そうそう、こんな言い方もあったな」と思い出したり。普段から新聞やコラム、エッセイ、雑誌などを読む時にも、「私の頭にはパッと出てこない、素敵な表現」を見つけては手帳にメモしたりします。


今回お受けした翻訳も、先のクライアント様の原稿では○○という言葉/フレーズを使ったから、今回は△△はどうだろう…、PRしたい本質の部分は保ちつつ、でも違う表現で…と色々検討しました。


ベトナム語の翻訳者からライターへ転身された方(日本人)を数名知っていますが、みなさんとても文才があって滑らかというかスッと頭に入ってくる文章を書かれるので、言葉選びに困った時にその方々の文章を読み返すことがあります。翻訳は単に言葉から言葉への変換ではなく日本語力や文章力がものをいうので、私ももっと本を読んで文章を書いて、文章力を鍛えないと…と感じる毎日です(口ばっかり)。






写真は、文章とは関係がないのですが…ベトナムの食文化や料理を紹介している書籍『ベトナムのごはん』。もう何年も前に母がどこかの書店で見つけて贈ってくれたものです。


文法関連の本が必要になり本棚をあさっていたら目に留まったので、久しぶりに開いてみましたがなかなか面白いです。ベトナム料理を紹介する書籍は多数出版されていますが、食文化や家庭内での食事マナー、食べ物に対する日越の感覚の違いなどがまとめられているものは少ないのではないでしょうか。また、写真ではなくイラスト(しかもフランス人イラストレーターによるアメコミのような画風)も味わいがあって見入ってしまいます。


ベトナム語通訳翻訳者 田崎広野

フリーランスベトナム語通訳翻訳者 田崎広野の活動を紹介する個人ページ Trang cá nhân của Tazaki Hirono: Phiên dịch viên Nhật - Việt tự do

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